平熱通信

ここは世界の片隅にすぎないが、いろんなことが起こる。

『ゴジラ対トイプードル』。

大槻ケンヂの書いた歌詞に出てくるある少年は、「バントラインという名前の飼い猫とお気に入りのサボテンと一緒に映画を観ている時だけが幸せだった」という。
これは『サボテンとバントライン』という大昔の曲の歌詞なのだけれど、その当時たいそう気に入っていて、それはそれはよく聴いたものである。

 

そのせいで。
夜中に、
「お、録画していた映画でも観るかな」
という気分になると、いまだに、

「バントラインとサボテンと、映画を観ているときだけが幸せだった!」

……という部分が頭の中で自動的に再生されるのだ。もちろん大槻ケンヂの声で。

 

サボテンはともかく、夜中に猫と映画鑑賞とするのは、なかなかいいものである。
だらーっと寝転んで映画を観ている最中、手近な猫をなでたりひっくり返したりする。猫は特にうれしくも悲しくもないような顔をして、「好きにせえよ」という態度をとったりする。実に心おだやかなひと時である。
怖い映画を観ていて、「お、これはとても恐ろしいことが起きるかも」というタイミングで、そそくさと猫を引き寄せ、「お、ここがかゆいのか」とか言いながら耳の後ろあたりをかいてやるのもいい。
言うまでもなく、一人で怖いシーンを観る勇気がないものだから、猫に助けを求めているのである。こんな飼い主に付き合っている猫って、寛大だなあと思う。

もちろん、これは犬も同様で、犬との映画鑑賞もいい。
ただ犬の場合、あまりなでたりひっくり返したりすると嬉しくなってしまい、「お礼に是非、あなたの口をなめさせてください」などと言い出すので、そこは要注意だ。

 

ところで。
猫にしろ犬にしろ、時々、真剣にテレビを観ていることってありますよね。
もちろん、2時間みっちりと映画を堪能し、感動的なラストシーンで目頭を押さえる、というようなことはないけれど、時々、それこそ魅入られたように映画を観ているとき、彼(や彼女)はどういう心持ちでいるのだろう。

 

実家にいた猫は、映画の主人公が狙撃されるシーンで、スローモーションで飛んでいく弾丸をなんとか両手の肉球でキャッチしようとしていた。
その弾丸は主人公に命中してしまい、自分が失敗したことを悟った猫が「すまん。救えんかった」という顔をしていたので、「お前のせいじゃないよ」と声をかけて、本棚の後ろに隠してある猫用高級にぼしを振る舞ったものだ。

今、一緒に暮らしている犬は、画面の中のゴジラ相手に低ーい声で唸り続け、なんとか撃退しようと試みていた。『ゴジラトイプードル』である。無謀なチャレンジだ。
結局、ゴジラ東京湾の彼方に帰っていった時には都心を中心とした半径200キロはすっかりと破壊され、死の街になっていた。
その時は、うつむきながら「……力不足でした」という顔をしていたので、「範囲が200キロですんだのは君のおかげだよ」と声をかけて、犬用ビスケットを進呈した。その後、「せめてものお詫びに、是非、あなたの口をなめさせてください」と言われたのだけれど、それは丁寧に辞退した。

……などと書いていたら、昔の記憶が芋づる式に掘り出されきたのだけど、実家にいたころは猫にいろんなことを付き合ってもらったものだ。

・猫と映画鑑賞
・猫と読書

・猫と宿題
・猫と食事
・猫と散歩
・猫とサイクリング
・猫と晩酌

……そういえば、一時期、猫と晩酌してたなあ。