平熱通信:旧

ここは世界の片隅にすぎないが、いろんなことが起こる。

ひとまずみなさんフレーフレー。

「赤を推してるんだから、間違っても青とか黄色とか、ライバルの色が入ってるような服は着てこないほうがいいわけよ」

え、着ていく服の色とか気にしたほうがいいの?

「当たり前じゃん。推してる色で座席って自然に決まってくるんだけど、赤推しが集まってる席で青とか着てたら殺されるよ」

いくらなんでもそれは大げさだろう。

「いや、目で殺してくる」

……視線で。なんか怖いな。

「その日一日、生きた心地はしなくなる」

業界用語でいうところの物理抹消はされないけど、論理抹消されるってことかな。

「よくわかんねえっす」

ごめん、気にしないで。

真っ青とか真っ黄色とかいう色の服はないんだけど、たとえばネイビーとかマスタードとかも避けたほうがいいんだよね。

「そのほうが無難」

ていうか、白とか茶とか黒とか、全然関係ない色なら問題ないんでしょ?

「うーん、でもなあ」

 

しばらく思案したあと、娘はこう言った。

「ワンポイントでもいいから赤系の色が入った服を着て、忠誠心を示したほうがいいと思う」

忠誠心?

僕は反射的に叫んでいた。

「スゲーな君のところの体育祭は」

 

次の木曜日が、娘の学校の体育祭なのである(そもそも、体育祭が平日ってどうなのよ、と思わなくはない)。

この体育祭が、噂によると大変面白いようなのだ。生徒の本気度が大変高く、過去、観に行った家族の話によると、「最後のほう、何故か泣けてきた」というくらいのイベントらしいのだ。

ただ、出場選手であるところの娘の様子を見ていると、

「練習超だりー」

「でも全体練習で数学つぶれるからそれはラッキー」

「なんかねー、学年で3人くらい妙に熱くなってる子がいてさあ。練習うまくいかないと泣いたりするんだよねー」

「で、泣きながら、放課後特訓しようとか言うんだよねー。そんなこと言われたらさあ、特訓しないわけにはいかないじゃん」

「だけどさあ、放課後に特訓しても、数学つぶれないんだよー。むかつくー」

……お前どんだけ数学苦手なんだよ、という話はさておき、とても本気度が高いとは思えない。

とはいえ、当日になるとそれなりにテンションが上がってくるのが体育祭というものなのかもしれない。あまりにも昔の出来事なので、自分のことはよく思い出せないのだが、たしかそうだったような気もする。体育全般が苦手な僕でさえ、競技ごとの勝敗にそれなりに一喜一憂した……ような気がしないこともない。

 ましてや、女子高の体育祭である。

勝てばきゃーきゃー喜んで、負ければきゃーきゃー悔しがっているうちに、段々ヒートアップしてくる、ということもあるのかもしれない。共学とも男子校とも違う盛り上がり方をするのかも(予想ですが)。

 

というわけで。

毎年、狙ったように仕事の都合がつかなくて行きそびれていた(感動と興奮の)体育祭を、今年は観に行くことにしたのである。今年は今年で仕事の都合がよろしくないことになりそうな気配はあったのだが、会社の偉い人が「休んでよし」と言ったのでいいのである。休んでいいとなればこれはもう断固休むのである。何もずるいことはしていないし、誰にも文句を言われる筋合いはないのだが、もし文句を言う人が現れたらとりあえず素直に謝ることにしよう。

……何を言っているのだ僕は。

 

それはそれとして。

生徒の本気度が高いとともに、応援する父兄、卒業生の本気度も高く、空気を読まないと大変なことになるらしいという情報を、ついさきほどキャッチしたのだ。冒頭の会話がそれである。

 娘は赤チームなのだ。

ということは、自動的に僕は赤チームの父兄ということになる。これすなわち、赤推し、ということになるらしい。

娘には、どうせやるなら一丸となって戦ってこい、くらいのことは言いたい父ではあるのだが、できれば父兄が一丸となって応援したりするのは回避したいなあというのが正直な気持ちではある。

いや、盛り上がったところで「わー」とか「いえーい」とか言うのはいいのだ。

例えばですね、父兄の応援団の中にリーダーっぽい人が現れて、「みんな一緒にコールをしよう」とか「そこもうちょっと声出して」とか「何スマホなんか触ってんの」とか言われたらやっかいだなあ、みたいなことをつい思ってしまうのである。言われるだけでもけっこう落ち込みそうな上に、目で殺されるのである。女子高の体育祭が原因で、数日立ち直れないくらいのダメージを食らうというのはできれば避けたい。

 

願わくは、応援席のすみっこのほうで、あくまで個人的に「わー」とか「よっしゃー」とか「あー残念」とか言いつつビールなどを飲んでいたいのだ。あ、ビールなんか飲んじゃいけないのかな。

 

とりあえず、当日はピンク色のシャツを着ていくことにしよう。