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平熱通信

ここは世界の片隅にすぎないが、いろんなことが起こる。

焼芋。

たとえば。
桜餅の葉は食べるのか、それとも食べないのか。
たとえば。
焼いた鮭の皮は食べるのか、それとも食べないのか。
たとえば。
バースデーケーキに乗っている、チョコでメッセージの書かれたプレートは食べるのか、それとも食べないのか。

……と、世の中にはたくさんの「食べるのか食べないのか問題」が存在している。
問われた人間のこだわりや置かれた状況によって答えは変わり、どちらかが正しいということがないだけに永遠に続く問題といえる。

たとえば、焼き魚の目玉はどうなのか。
アメリカンドックの棒についたカリカリしたところはどうだ。
ちょっと視点を変えると、スイカの赤い部分はどこまで食べるのか。白い部分にどれだけ近づくのがベストなのだろう。

なんだかだんだん例がみみっちくなってきたような気がしないでもないが、こういう細部にこそ人のこだわりが表れるものなのだ。
カステラからはがした薄い紙(紙?)についたカステラ表皮が一番美味いという主張をする人だっている。少なくとも、僕の知っているだけでふたりいた。「そのかわり、福砂屋のじゃないとダメだよ」とか言っていた人もいたから、これはこれでそれなりのこだわりの産物なのだ。

それでですね。
今回ちょっと問題にしたいのが、
焼芋の皮は食べるのか、それとも食べないのか
……という事案なのである。
焼芋の、ほくほくとした実の部分を食べながら、たまに皮をひとかじりすると、その香ばしさとほろ苦さがいいアクセントになる……と僕は信じていて、実際にそういう焼芋の楽しみ方をしているのだが、つい先ほど家族から全否定されてしまったのである。つまり、「食べるか食べないのか問題」に入れることができないくらいの奇行らしいのだ。これを許すのであれば栗のイガだって許すべきだ、というのが全否定派の主張なのである。
僕は、決して自分が多数派になりたいと思っているわけではない。自分のお作法がマニアックなものだという扱いでもいいと思っている。
思ってはいるのだが、そこまで異常なことをしているとは思っていなかったのだ。
相当な驚きとともに、僕は世界に問いたい。
焼芋の皮を食べるのって、そんなに変わったことなんでしょうか。