平熱通信

ここは世界の片隅にすぎないが、いろんなことが起こる。

ポンコツでなぜ悪い。

通勤時の電車の中に時々いるのが、相手かまわず怒っている人なのである。
今日見た人は、車両の中をあちらへこちらへ移動しながら、目が合う人々に「ばーか」と言っていた。
日々平穏に、なるべく目立たず波風立たさず生きていきたい僕としては、つい、
「そんなひどいことを言わなくてもいいのに」
とか、
「見ず知らずの人にそんなことを言うなんて」
などと思ってしまうのだ。
家族と話すときですら時々緊張してしまうような性格の僕としては、初対面の人に大きい声で話しかけるというのは神業に等しいのだが、そのワザがこういうカタチで表現されるのは残念な話ではある。

突然、「ばーか」なんて言われた人もいい迷惑だよな、と思いながら、なぜか、
「今まで言われた言葉の中で、一番へこんだのって何だっただろう」
というようなことを考えた。退屈な通勤電車の中の、ちょっとした暇つぶしだ。

そういえば、昔、
「偽善者」
と言われたことがあった。
それはあまりに衝撃的な出来事で、そのせいか、いつ、誰に、なぜ言われたのか、というような「5W1H」的な情報がまったく欠落してしまったのだが、それ以来、「偽善者」という言葉は僕の心のどこかに鍵付きで箱詰めされてしまったのだ。普段は思い出すことはないのだが、何かのきっかけ(例えば今日のような)で箱の鍵が開いてしまい、ひょこっと思い出すことがある。
「偽善者」という言葉はそれなりに僕をしょんぼりさせたのだが、それと同時に、
「そうなのかもしれないな」
と、変に納得してしまったことを覚えている。
さっき自分でも書いたけど「日々平穏に、なるべく目立たず波風立たさず生きていきたい」というのは、見る角度とやり方によっては偽善者っぽいのかもしれない。

ここからちょっといい感じの結論(傷つくことで人は成長する、みたいな)を導き出すこともできるのかもしれないが、それこそ偽善っぽいような気もするので、今回は「昔々、こんなことがありました」ということだけ書いて終わ……あ、思い出した。
ここまで書いたところで突然、思い出したのだか、一番へこんだのはこれではなかったのだ。

今から数年前、仕事中に、こんなことを言われたことがあるのだ。
「お前は、他人の何倍も何倍も何倍も何倍も何倍も何倍も何倍もがんばって、ようやく人並み以下だ」
なんというか、実際の会話で使われた言葉というよりは、脚本家の考えた悪人のセリフのようだ。
これも、僕の心のどこかで箱詰めされ、鎖でぐるぐるに縛られた上に数十個の鍵で封印されている。忘れ去るにはまだ記憶が生々しすぎるので、せめて思い出さないように封印しているのだが、何かのきっかけ(例えば今日のような)で箱の鍵が開いてしまい、そこからどろどろとしたどす黒い言葉が流れ出してくることがあるのだ。

偽善者だわ人並み以下だわ、なかなかのポンコツぶりだ。100%そのとおりです、とまでは思わないが、そういう側面もあるのだろうな、とは思う。
少なくとも、真逆(清廉潔白な善人で人並み以上)な自分を想像できないし、想像できなくてよかったような気もする。まあ、ある種の負け惜しみなのかもしれない。

とりあえず、これを書き終わったらビールでも飲もう。