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平熱通信

ここは世界の片隅にすぎないが、いろんなことが起こる。

それはちょっと。

雑記

昨日の夜、会社から出たところで街中に爆発音が響いたのであった。
それほど大きな音ではないが、聞き逃せるほど小さな音ではない。
とはいえ、もしかすると何かの勘違い、という可能性もあるので、その時いっしょに帰っていた人(仮にIさんと呼びましょう)に確認してみると、彼にも聞こえたという。周囲の人々も不思議そうにあたりを見回しているようだ。
「高いところから見てみましょうか。何かわかるかもしれない」
Iさんの提案で、近くの歩道橋の上から周囲を見回す。見る限り、特に異常に見えるものはない。ちなみにこのへんは、『シン・ゴジラ』でゴジラに襲われた地域だ。スクリーンの中で会社周辺を破壊するゴジラを観ながら「ああ、今きっと僕は死んだんだなあ」としみじみ悲しくなったことを覚えている。
「特に問題なさそうですね」
と言うIさんに、
「いやあ、これだけビルがたくさんあると、一つくらい倒壊していてもわからないですよ」
と冗談を言ってみた。
Iさんは特に笑わなかった。それどころか、ちょっとあきれたような顔をしていたような気がする。暗くてよくわからなかったが。

近くの国からの核ミサイルとか、国際的なテロとか、そういう単語がいつの間にか身近になってしまった。
身近になってしまったということは、自分の近くでそれに関する怖いことが起きる可能性がある、ということだ。
そう考えると、この爆発音が、何やらものすごく気になってくる。

もし、ここで、何か恐ろしいことが起こっているとしたら。
もし、ここで、命を落とすようなことになったとしたら。
大げさに思われるかもしれないが、爆発音の原因がわからない以上、可能性はゼロではないはずだ。

そんなことを考えていたら、僕の中で少し興味深い現象が起きた。
もし、ここで命を落としたら、人生の最後を、Iさんと過ごしたことになる。
そう思ったとき、反射的に、
「それはちょっとなあ」
と思ったのだ。
これは、Iさんについて「憎い」とか「嫌いだ」とかいうようなマイナス感情がある、ということではない。
これが仮に、相手がジョニー・デップでも、上白石萌音でも、
「それはちょっとなあ」
と思うような気がする。

人生の最後を、誰と過ごしたいか。
今まで真面目に考えたことのないテーマだが、ひょっとするとこれは、
「もちろん家族に決まってるじゃないですか」
というような単純な話ではないのかもしれない。
言い換えると、人生の最後を共に過ごす相手、それはひとりなのか複数なのかわからないが、そのメンバーは、愛情等で決められないのかもしれない。

……と、会社帰りに密かに死を覚悟していた中年男がそんなことを考えていたなんてことを、Iさんはたぶん知らない。ちなみにIさんは単身赴任中の中年男だ。Iさんは、自分の人生の最後の時、誰と過ごしたいと思うのだろう。ちょっと予想を超えたところがある人だから、想像もつかないような人選をするような気もする。

人生の最後、誰と過ごしたいか。
秋の夜長に、ちょっと真剣に考えてみると、けっこう面白いですよ。もちろん、気分が暗くならない程度に。