平熱通信:旧

ここは世界の片隅にすぎないが、いろんなことが起こる。

電柱ダイレクトメール。

会社からの帰り道、自宅最寄り駅近くの交差点で信号待ちをしていたときのこと。
なんとなく、本当になんとなく、そばに立っている電柱を見ると、そこに、手のひらくらいの大きさの紙が貼ってあることに気がついたのだ。
暗かったし、そもそも気づいたのが信号が青になる直前だったので、あまりよくは見なかったのだが、そこには手書きの文字て、

「古武道」

と書いてあり、その下には携帯電話の番号が添えられていた。

これは、つまり道場の広告ということなのか。
それにしては小さすぎやしないか。
そもそも、(僕に言われたくはないだろうが)手書きにするならもう少し丁寧に書いたほうがいいのではないか。
広告を飾るための線なのか何かのマークなのかそれとも文字列なのか、いまいち判読できない線の集合体があったようにも見えたのだが、あれはいったい何だったのだろう。
なんとなく広告であると決めつけてしまっているが、「募集」とか「求む」とか「来たれ」とか、それっぽいキーワードが書かれていないのも気になる。これは広告ではないのかもしれない。しかし、広告でないならこれはなんなのだ。

だいたい、電柱にこんな小さな紙を貼ったところで、誰が気づくというのだ。
と思った直後、僕の背筋にすーっとした冷たい空気のようなものが流れ込んできた。

僕が気づいたではないか。
こんな小さな紙なのに。

もしかして、これは、僕だけに向けられた何らかのメッセージということはないか。今夜、僕がたまたまこの電柱に目を向けることをあらかじめ知っていた者がいて、メッセージを送ってきたということは考えられないか。
ひょっとすると、あの謎の線の集合体は、日本以外、いや、地球以外のどこかで意味をなす文字だったりするのではないか。

これが物語であるならば、

「この時、僕はまだ気づいていなかった。……これが、あの、めくるめく大冒険のプロローグだということに」

……というようなこともありえるだろう。
もしかすると、いよいよ僕にもそういう順番がまわってきたのではないか。何の順番なのか、上手く説明はできないけど。

そこまで考えたところで、自宅が見えてきた。
僕はそれ以上考えるのをやめて、ポケットから鍵を取り出した。妄想は家庭に持ち込まないようにしているのである。

明日、あの電柱をもう一度よく見てみよう。