平熱通信:旧

ここは世界の片隅にすぎないが、いろんなことが起こる。

待ち焦がれエブリディ。

子供のころから、学校で書かされる作文が苦手だった。

テーマがあって、それについての意見とか感想とか、そういったものを上手にまとめた文章を書くのが苦手だったのだ。その傾向はいまだに続いていて、会社で書くビジネスメールなど、自分でも驚くほど下手なのである。

もともと、あらゆる物事について意見みたいなものがあまりないので、それを期待されるような状況になると途端に目が泳いでしまう。今の今までこの件についてはあまり深く考えたことがなかったのだが、ひょっとすると、僕はものすごく不真面目な人間なのかもしれない。

 

その分、といっていいのかどうかわからないが、意味のない文章ならいくらでも書くことができた。

例えば、目の前に消しゴムがあれば、それについていくらでも言葉が出てきたのだ。

メーカー毎の消しゴムの違いについて延々とデタラメ批評を書いてもいいし、消しゴムを取り出したあとのケースを覗いたら中に何かメッセージが書いてあって、それを発見したことからはじまる物語を書いてもいいかもしれない。あ、株式会社トンボ鉛筆の工場に行くと、縦25メートルくらいの巨大MONO消しゴムがそびえ立っていて、工員たちはそれをモノリスと呼んでいるというのは……そんなに面白くないか。

 

いくらでも書けたといっても、その時に好きだった作家の影響をモロに受けてたり、内輪受けにしかならないような内容だったり、それほど質の高い文章ではなかったような気もするが、とにかく、頭からあふれる言葉に手が追いつかない、というくらい、言葉だけは出てきたのだ。

デタラメな文章ならいくらでも書けるなんて能力、自慢にもならないし、日々の生活で何かが便利になるということもない。ただ、ちょっとした暇つぶしになるくらいのちっぽけな能力だ。そもそも「能力」なんていうのもお恥ずかしい。

それはひょっとすると、自転車に乗れる、とか、卵が割れる、というような能力に似ているのかもしれない。できたからといって自慢になるわけでもないし、できなかったといって、人生において致命的な欠点になるというようなこともない。

手放し運転ができるとか、ものすごくキレイにオムレツが焼ける、という力ではないのだから。

 

ところがですね。

僕にとってのそのちっぽけな暇つぶしが、いつの間にかできなくなっていたのだ。

それはもう本当に「いつの間にか」で、目の前に置いてある消しゴムを見ても、言葉がちょっとしか出てこないということ(「あ、消しゴムだ」とか)に気付いた時は、それなりに驚いた。

ある日突然自転車に乗れなくなったり、卵をうまく割ることができなくなったりしたら、割と多くの人がビックリすると思うのだけど、それくらいの驚きといっていい。

 

で、「最近、あまりモノを書いてなかったし。ちょっと準備運動が必要かも」とか「仕事が忙しいと、ウチに帰ったあと頭がまわらないんだよね」とか「家族がいるとモノ書く時間が作れないんだよね。ひとりになる時間があれば」いうような、ある意味定番の、いわゆる「今はちょっと調子出てないけど、本気出したら大丈夫よ」みたいなことを自分に言い聞かせつつ、たまーに(何か月かに一度とか、何年かに一度とか)ブログの更新を試みたりして、「あれ、やっぱりまだおかしいぞ」などと首をひねっていたのだ。

 

自転車に乗れなくても、卵が割れなくても、日々の生活に特に支障はない。

なぜなら僕は、自転車に乗るのが仕事でもないし、卵を割るのが仕事でもないからだ。

ちょっとした暇つぶし、ということでいえば、ドラクエだってやりたいし、読みたい本も山ほどある。録画したままほったらかした映画だって山ほどあるし。

うんうん、そうだそうだ。

そうなんだけれども。

 

「まあ、そりゃそうなんだけどさあ」

などとつぶやきながら、僕は生活のサイクルを少しづつ変えていき、

「やっぱりさあ」

などとつぶやきながら、僕は少し体重を落とし、

「卵割れないのはちょっとなあ」

などとつぶやきながら、僕は性懲りもなくキーボードを叩いているのであった。

「毎日何か書けば、ちょっとは上手になれるかなあ」

↑イマココ! である。

ということで、ここのところ何日か、連日ブログを更新している次第なのである。僕はノロマな人間なので、毎日更新する、というお題を実現するのに年単位の時間をかけてしまった(ちなみにどうして体重を落としたのかというと、腰痛防止である(笑)。平日の夜や休日など、腰が痛くて長時間椅子に座るのはちょっと……みたいなことがたまにあるのだ)。

 

自分で断言するのもどうかと思うが、今は文章の質や完成度を問うている場合ではないのである。まずは体を動かしてみて、ペダルの踏み方や、卵をつかむ手付きを思い出さなければならない。

ペダルを強く踏みすぎてコケてしまわないように。

黄身や白身といっしょに殻まで器に入らないように。

深く、静かに、細々と、言葉を待っているのである。