平熱通信

ここは世界の片隅にすぎないが、いろんなことが起こる。

朝の光。秘密の呪文。

朝、いつもよりかすかに早起きした娘は、こう言うのであった。

「今から、光の速さでシャワー浴びてくる」

なぜあえて速度を表明したのかというと、「今日はもっと早起きしてシャワーを浴びようと思ったのだけど、早起きに失敗した。それでも、シャワーの時間を短くすることにより遅刻は回避する所存」ということを言いたかったのだろう。

彼女とは10年以上つきあっているので、これくらいはたやすくわかる。さすが親子。

結局、彼女がシャワーを終えたのは20分後であった。

地球から太陽まで、光の速さで8分ちょっとなので、20分あれば太陽まで往復して、あまった時間でビールくらい飲めるかもしれない。

まあ、それはそれとして。

女子の朝は忙しい。

忙しいというより時間が足りない。

時間が足りないというより、「なぜそれを今やるのだ」ということを平然とやったりする。

例えば、昨日ツタヤで借りたCDのジャケットをデジカメで撮影するとか。

今日の開店前までに返さないといけないという状況はわかるのだが、なぜジャケット撮影を今朝しなくてはならないのだ。たとえば昨日の夜に撮影するわけにはいかないのか。

その旨を娘に聞いてみると、こういう答えが返ってきた。

「朝はさ、光が違うんだよ」

お前はプロカメラマンか。

ほんとかよ、と思わなくもないのだが、窓から自然光を取り入れたり部屋の電気を付けたり消したりして試行錯誤をしているところをみると、朝の光が違う、という件については本気でそう思っているようだ。ならば仕方ない。

 

ひとしきり撮影を終えた巨匠は、時計を見て、

「ヤバいガチでヤバい」

とつぶやいた。

「ヤバイガチデヤバイ

限りなく呪文のようなセリフだがもちろんそんなことはなく、意味としては「これからツタヤの返却ボックスにCDを放り込んで、その後学校に向かう予定なのだが、ツタヤによると遅刻する可能性が高まってきた」ということである。まさに以心伝心。さすが親子。

しょうがないので、CDの返却に関しては僕が代行することを提案した。こちらは休みなので、どうということはない。

娘は、

「あざーす」

と言いながら、あわただしく玄関を出て行った。

「アザース」

一見英単語のような言葉だがそうではない。これは……わざわざ解説することもないか。